1517年10月31日、ドイツのヴィッテンベルク。冷たい風が吹く夕暮れどき、若い神学者マルティン・ルターは、教会の扉に一枚の文書を打ち付けた。
それが、後にヨーロッパを根底から揺るがす「95か条の論題」である。
当時の神聖ローマ帝国では、ハプスブルク家が皇帝として君臨し、カトリック教会は精神の世界を支える権威だった。
だがその秩序は、静かにきしみ始めていた。
この記事のポイント
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免罪符の乱売を批判し、「人は信仰によって救われる」と主張したルター
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「95か条の論題」は翻訳と活版印刷により爆発的に拡散し、民衆運動となった
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カール5世はカトリック防衛と諸侯の圧力の間で苦悩し、帝国は分裂へ進んだ
ルターを突き動かしたもの

ルターとカール5世のイメージ画像 (© Habsburg-Hyakka.com / AI generated image)
ルターが告発したのは、救いを“金で買える”とする免罪符の乱売だった。
貧しい農民がわずかな硬貨を差し出し、罪の赦しを求めて列を作る光景。それは、彼の信仰心を深く傷つけた。
「人は、行いではなく信仰によって救われる。」
この確信を広く示すため、ルターは公開討論の形で論題を掲げる道を選んだ。そこには教会への怒りだけでなく、救いとは何かを問う素朴で強い思いがあった。
活版印刷が広げた“炎”
「95か条の論題」は、本来ラテン語で書かれた学術文だった。しかし、印刷技術の発達は宗教改革を加速させる。
文書はすぐにドイツ語へ訳され、都市から都市へ、村から村へと広まり、民衆の心に火を灯した。
“思想が技術と結びつくとき、時代は動く”
その象徴的な瞬間だった。
この動きを前に、即位まもない皇帝カール5世は、宗教改革が単なる教会批判ではなく、帝国そのものを揺るがす問題になっていることを悟る。
ハプスブルク帝国の苦悩
皇帝には、カトリックの守護者としての義務があった。しかし帝国の諸侯の中には、ルターの考えに共感する者も多い。
「皇帝として信仰を守るべきか」
「帝国の統一を保つべきか」
カール5世の苦悩は深かった。宗教改革は、帝国の亀裂を一気に表面化させ、後の三十年戦争へ続く長い分裂の道を開くことになる。
ルターの孤独な闘い
1518年、ルターはアウクスブルクへ呼び出され、論題の撤回を迫られる。だが、彼は静かに拒んだ。
「聖書と良心に反することはできない。」
この姿勢はのちにヴォルムス帝国議会で語られる名言「ここに立つ。ほかに選びはない。」へとつながっていく。
彼の闘いは、宗教のためだけではなかった。“人が何を信じ、どう生きるか”という問いそのものであった。
宗教改革が生んだ新しい世界
ルターの行動は、帝国を大きく変えた。
領邦ごとに異なる信仰が認められ、やがて「領主の宗教がその地の宗教となる」という新しい原則が確立される。
それは、帝国をゆるやかに分裂へ向かわせる一方で、近代国家の萌芽となる考え方でもあった。
宗教改革は、権威に対する個人の“良心”を認めた最初の大きな転換だったのだ。
まとめ
マルティン・ルターの95か条の論題は、カトリック教会への単なる抗議ではなく、ヨーロッパの秩序そのものへの挑戦であった。
この出来事が示す教訓は――「権威が絶対であっても、それに異議を唱える一人の声が時代を動かすことがある」。
小さな抗議でも、民衆の心と時代の技術(この場合は活版印刷)が結びついたとき、それは歴史を変える原動力になる。
この瞬間から、信仰は個人のものとなり、帝国は宗教をめぐって分裂していく。
やがてカール5世とルターの直接対決が訪れる――そう、「ヴォルムス帝国議会」である。次の記事では、この歴史的な「裁判」の行方を追う。▶︎ 皇帝か、良心か?ルターが挑んだ運命のヴォルムス帝国議会
参考文献
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MacCulloch, Diarmaid. The Reformation: A History. Viking, 2003.
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Brady, Thomas A. German Histories in the Age of Reformations, 1400–1650. Cambridge University Press, 2009.

