スペイン黄金時代の終焉期を彩ったレルマ公は、王フェリペ3世に全幅の信頼を得て“初代首相”のごとき権勢を振るった。しかしその政治は腐敗と堕落に満ち、帝国の衰退を加速させた。栄華と没落を体現した“影の王”の生涯に迫る。
基本情報
| 称号 | レルマ公爵、デ・サンドヴァル侯爵 |
| 本名 |
フランシスコ・ゴメス・デ・サンドヴァル・イ・ロハス
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| 出生 | 1553年(カスティーリャ王国) |
| 死去 | 1625年(メディナ・デ・リオセコ) |
| 享年 | 72 |
| 職位 | 王太子付侍従、国務宰相(実質的) |
| 主な系譜 |
サンドヴァル家(古くからのカスティーリャ貴族)
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人物の背景
レルマ公は、カスティーリャの名門貴族サンドヴァル家出身で、若き王太子フェリペ(後のフェリペ3世)に仕えて頭角を現した。王の即位とともに絶大な信頼を得て、王に代わって帝国の全政策を掌握した。
しかしその治世は、恩顧政治と賄賂、国庫を衰退させる浪費に染まり、歴史家から“無能な独裁者”と見なされることも多い。
治世で起きた主要な出来事(※実質的宰相時代)
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宮廷のバリャドリッド遷都(1601年)
王都をマドリードからバリャドリッドへ移転。これは自らの領地価値上昇を狙った策とされ、後に大きな批判を受けた。 -
モリスコ追放令(1609–1614年)
レルマ公は“熱烈なカトリック信仰者”としてイスラム教徒に改宗したモリスコたちを帝国から追放。しかしこれは農業経済に大打撃を与えた。 -
政治腐敗と失脚(1618年)
王子(後のフェリペ4世)やガスパル・デ・グスマン(オリバレス公)らの圧力により失脚。隠退後は枢機卿となるも、政治の表舞台からは姿を消した。
レルマ公の治世は、“宰相の権力”が帝国を導いた稀有な例であり、その隆盛と転落は、スペイン・ハプスブルクの光と影を象徴している。

