青いドレスの王女は、永遠に少女のまま― マルガリータ・テレサとベラスケス【考察】

編集コラム (考察)
青いドレスの王女 画: ディエゴ・ベラスケス 出典:Wikimedia Commons

マルガリータ・テレサの肖像画を見ると、どうしても目が止まります。青いドレス、その重たそうな布をまとって、少女は静かにこちらを見ています。

大きな瞳。
小さな唇。
整えられた髪。
そして、まだ幼さの残る顔。

この少女が、のちに神聖ローマ皇帝の皇后となり、21歳という若さで亡くなった。そう知ってから見ると、この肖像画は少しだけ切なく見えてきます。

けれど、絵の中のマルガリータは、その未来を知りません。

彼女はまだ8歳。皇后になることも、母になることも、若くしてこの世を去ることも知らず、ただ青いドレスを着て、そこに立っています。

そして、彼女を描いたのは、宮廷画家ディエゴ・ベラスケスでした。なぜベラスケスは、マルガリータを何度も描いたのでしょうか。

王女だったから?もちろん、それだけではありません。

私は、何枚ものマルガリータの肖像画を眺めていると、そこに「王女」としての姿だけではなく、ひとりの少女の成長を残そうとしたような時間を感じます。

青いドレスの少女

『青いドレスのマルガリータ王女』(8歳、美術史美術館収蔵)出典:Wikimedia Commons

この肖像画は、1659年に描かれたマルガリータ・テレサ。

当時、彼女は8歳でした。

青いドレスは大きく、少女の身体を包み込むように広がっています。首元にはレース。髪には装飾。

手には小さな花束。身につけているものだけを見れば、まさに王女です。けれど、顔を見るとどうでしょう?

まだ子どもです。王女としての威厳を求められながら、その顔には8歳の少女らしさが残っている。

この「王女」と「少女」の両方が一枚の画面の中に存在しているところに、私はこの肖像画の魅力があるように思います。

王家の肖像画は、ただ本人に似せて描けばいいものではありません。

その人物が誰なのか、どの家に生まれたのか。どんな地位にあるのか、それが衣装や宝石、姿勢によって示されます。

マルガリータも例外ではありません。

けれど、ベラスケスが描いた彼女を見ていると、それだけでは終わらない。

豪華な衣装の中に、ちゃんと「子ども」がいるのです。

なぜ彼女は何度も描かれたのか

マルガリータ・テレサは、ベラスケスによって何度も肖像画に残されています。

幼い頃の姿。

2歳ごろの王女(ディエゴ・ベラスケス画 (出典:Wikimedia Commons)

少し成長した姿。

ピンクのドレスの王女 (1653) 出典:Wikimedia Commons

そして、青いドレスをまとった8歳の姿。

『青いドレスのマルガリータ王女』(8歳、美術史美術館収蔵)出典:Wikimedia Commons

ディエゴ・ベラスケスは、フェリペ4世の宮廷画家でした。

当然、王家の人々を描くことは彼の重要な仕事です。そしてマルガリータは、ただの王女ではありませんでした。

彼女はハプスブルク家の王女であり、将来オーストリアのハプスブルク家へ嫁ぐことが決められていた人物です。実際、彼女の肖像画はウィーンにも送られています。

遠く離れた宮廷にいる未来の夫に、成長していく王女の姿を伝える。当時の肖像画には、そんな外交的な役割もありました。

だから、マルガリータが何度も描かれたことを「父フェリペ4世が娘を愛していたから」とだけ説明することはできません。

そこには王女としての政治的な意味があった。王家の結婚があり、王朝の未来があった。

それでも。

肖像画を並べてみると、どうしても私はひとつのことを考えてしまいます。

この少女は、少しずつ大きくなっている。その変化を、ベラスケスは何度も描いているのです。

「王女」を描くということ

マルガリータは、スペイン王フェリペ4世の娘でした。

父親から見れば、もちろん大切な娘です。けれど、王にとって子どもは、それだけではありません。

王女の結婚は王朝同士の関係を変えます。誰と結婚するかによって、王位継承や外交関係にも影響する。

マルガリータも、やがて15歳で神聖ローマ皇帝レオポルト1世と結婚しました。その相手は、彼女の母マリアナ・デ・アウストリアの兄。

つまり、マルガリータにとって叔父でした。少女の人生は、幼い頃から王朝の家系図の中に組み込まれていたのです。

そう考えると、青いドレスも少し違って見えてきます。

こんなに小さな身体なのに、彼女の肩には「王女」という立場が乗っている。そして、その先には結婚がある。皇后になる未来がある。

ハプスブルク家の血統をつなぐ役割がある。

それを、この8歳の少女が知っていたはずはありません。ただ、絵の中で静かに立っている。そのことが、なんとも切ないのです。

「その後」を知っている私たち

この肖像画を見ているとき、私たちにはひとつの残酷な特権があります。

マルガリータの未来を知っていることです。

このあと、彼女は15歳で結婚します。スペインを離れ、ウィーンへ向かいます。皇后となり、母となります。

そして1673年、21歳で亡くなります。

絵が描かれた1659年から、わずか14年後です。

もちろん、ベラスケスはそんな未来を知りません。絵を描いたとき、彼が目の前にしていたのは、ただ8歳のマルガリータでした。

だから、この肖像画の中には「悲劇の予兆」など描かれていません。

少なくとも、それを史実として読み取ることはできません。そこにいるのは、8歳の少女です。

笑っているわけでもない。悲しんでいるわけでもない。ただ、静かにこちらを見ている。

その表情に、後の人生を重ねてしまうのは、未来を知っている私たちの側なのです。

肖像画は少し残酷

もしマルガリータの人生を知らなかったら。

この絵を見て、「可愛らしい王女だな」と思って終わるかもしれません。けれど、21歳で亡くなったことを知ってから見ると、どうしても考えてしまう。

この少女は、このあとどんな女性になるのだろう。

どんな大人になるのだろう。どんな母親になるのだろう。けれど、その先にある人生を私たちは知っている。

だから、この絵を見ることは少し不思議です。

絵の中の彼女は、永遠に8歳だからです。私たちが何百年後から眺めても、青いドレスの少女はそこにいる。

年を取らない、皇后にもならない。

母にもならない、死ぬこともない。

ただ、青いドレスを着て、こちらを見ている。

ベラスケスが残した「時間」

私は、ここにベラスケスの肖像画の面白さがあるように思います。

ベラスケスが描いたのは、未来ではありません。「これから皇后になる少女」でも、「21歳で亡くなる女性」でもない。

その瞬間のマルガリータです。

1659年のマルガリータ。8歳だった彼女の姿、それだけです。

けれど、肖像画というものは不思議です。その瞬間だけを切り取ったはずなのに、私たちはその前後を知りたくなる。

この子は誰なのか。
どんな家に生まれたのか。誰と結婚したのか。その後、どうなったのか。

そうやって家系図を開いていくと、一枚の絵が、少しずつ歴史につながっていきます。

マルガリータの肖像画も同じです。

青いドレスの少女を見ているだけだったはずなのに、その線をたどっていくと、フェリペ4世、マリアナ、レオポルト1世、マリア・アントニア、そしてスペイン・ハプスブルク家の最後へとつながっていく。

それでも、「悲劇の少女」とは呼びたくない

マルガリータの人生を知ると、どうしても「悲劇」という言葉を使いたくなります。

21歳、あまりにも若い。

しかも、彼女の生涯には、王家の結婚や血統、王位継承という、自分自身では選べないものが大きく関わっていました。けれど、私はこの少女を「悲劇の王女」という一言で終わらせたくありません。

だって、この絵の中のマルガリータは、悲劇のために立っているわけではないからです。

彼女はまだ8歳。

青いドレスを着て、宮廷の中に立っている。父親の娘であり、王女であり、そして何より、ひとりの少女だった。

その時間を、ベラスケスは絵の中に残しました。だからこそ、この肖像画は切ないのだと思います。

悲しいからではない。その少女が、あまりにも無垢な時間の中にいるからです。

おわりに―青いドレスの少女は、永遠に少女のまま

マルガリータ・テレサの肖像画を見ていると、私はつい、その後の人生を知っていることを忘れたくなります。

このあと皇后になることも、子どもを産むことも、21歳で亡くなることも。

そんな未来を全部知らないまま、ただ青いドレスの少女を見ていたい。けれど、歴史を知ってしまった私たちは、それができません。

絵の中の少女は8歳。

でも、私たちはその先の人生を知っている。

だから、青いドレスが少しだけ重たく見える。豪華な衣装が、少しだけ切なく見える。

そして、ベラスケスが何度も残した彼女の肖像画を、もう一度見たくなる。

王女だったから描かれた。未来の皇后だったから描かれた。王家の婚姻のために必要だった。

それは、どれも間違いではありません。

それでも私は、その何枚もの肖像画の中に、ひとりの父親が見つめた娘と、ひとりの画家が見つめた少女の時間も残っているように感じます。

ベラスケスは、彼女の未来を知りませんでした。

だからこそ、絵の中のマルガリータは、永遠に8歳です。

皇后になる前の。
母になる前の。
そして、死を迎える前の。

ただ、青いドレスを着た少女として。

その姿を私たちは、今も見ることができます。何百年も前に生きた少女の一瞬を。

青いドレスの王女は、今日も絵の中にいる。そして私は、彼女のその姿を見るたびに思うのです。

――この少女が、ずっとこのままでいてくれたらよかったのに、と。

そして、ここまでマルガリータの肖像画を見ていると、もうひとつ気になってくることがあります。なぜ、ベラスケスはこれほどまでに彼女を描いたのだろう。

そして、なぜフェリペ4世は、彼にこれほど多くの王家の肖像画を託したのだろう。そこには、単なる「国王と宮廷画家」という言葉だけでは片づけられない、二人の長い信頼関係がありました。

ベラスケスが宮廷でどんな立場にあったのか、フェリペ4世は、なぜ彼の絵をこれほど信頼したのか。そして、その関係があったからこそ生まれた《ラス・メニーナス》とは、いったいどんな絵だったのか。

この話も、とても面白いのです。ただ、それはまた別の話。いつか、ベラスケスとフェリペ4世について、改めて一つの記事にしてみたいと思います。

関連記事:『ラス・メニーナス』の少女は誰だったのか?マルガリータ・テレサの短い生涯

 

この記事を書いた人 Author
舟島 (Funejima)

国際的な業務に携わり10年以上。

英語などを用いた資料調査・翻訳に対応。
一次史料、海外の学術論文・専門書などをもとに複数資料を照合し、歴史的事実を検証したうえで執筆しています。

History makes a bigger world.

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