啓蒙専制君主とは?|ハプスブルク家が夢見た“理性の帝国”

王冠に、哲学書。玉座に、理性の光。

18世紀、ヨーロッパを覆った啓蒙思想の嵐は、王たちの心にも届いた。だが彼らが選んだのは、王座を手放すことではなく、理性を“武器”にすることだった。

「人民のための政治」を唱えながら、彼らはなお王であり続けた。理想と独裁の両立──その奇妙な政治体制に、人々は希望と不信を同時に抱いた。

Enlightened Tyrant Illustrated

それが、「啓蒙専制君主」である。

この記事のポイント
  • 1740年、フリードリヒ2世が即位し啓蒙的統治を推進する
  • ヨーゼフ2世が農奴制廃止や信教寛容令を矢継ぎ早に断行するもうまくいかず、
  • 「フランス革命」が啓蒙専制君主制の限界を暴き民主体制が拡大する

「啓蒙」と「専制」――矛盾の同居

啓蒙専制君主。

それは、「啓蒙思想 (人間の理性によって社会や政治をより良くできるという18世紀の革新的な考え方)」と「絶対王政」という本来相容れないものの融合である。

フランスのヴォルテールやルソーが唱えたのは、「人間の理性による社会の改善」。自由、平等、教育、宗教寛容、言論の自由。

だが、こうした理想が、専制君主の口から語られ始めた時、歴史は奇妙なねじれを見せる。彼らは「民の幸福のために」統治することを誓った。

しかし民に“統治される自由”を与えるつもりはなかった。

プロイセンとロシアの例に見る「型」

プロイセン王フリードリヒ2世は、ヴォルテールと手紙を交わし、教育改革・法の整備・宗教寛容を実施した。

自らを「人民の第一のしもべ」と称した彼は、戦争と哲学の二重奏を奏でた“哲人王”である。ロシアのエカチェリーナ2世もまた、百科全書派と交友を持ち、法典の整備や学校設立を試みた。

だが農奴制の温存と反乱の弾圧という現実が、彼女の「啓蒙」が外向けの仮面にすぎなかったことを示している。さて、ハプスブルク家の話に戻ろう。

ハプスブルクにおける「もっとも真面目な啓蒙」

Joseph II (ヨーゼフ2世)

オーストリアのヨーゼフ2世は、理想に最も忠実であろうとした君主である。農奴制の廃止、信教の自由、修道院の解体、統一法典の整備──

彼は帝国を“理性の国家”に作り変えようとした。

だが、その熱意と速さは人々の理解を追い越した。「啓蒙の速度が、現実に追いつかなかった」それが、彼の改革の敗因である。

理性の限界、そして民衆の声

啓蒙専制君主の失敗の本質は、「民を信じない啓蒙」にあった。

彼らは教育を重視したが、議会を認めなかった。宗教寛容を謳いながら、反対派を弾圧した。自由を語りながら、その定義を“王が決めた”。

最終的に、その偽りの光を暴いたのが、フランス革命である。民衆が「自ら選ぶ政治」を求めたとき、啓蒙専制君主制はその“中途半端な優しさ”ゆえに、真っ先に崩れ落ちた。

まとめ

啓蒙専制君主とは、理性と進歩を信じた18世紀の思想家たちの理念を、王権という絶対的な権力で実行に移そうとした統治者たちのことである。

彼らは教会を抑え、教育を拡充し、民を啓発しようと努めたが、そのいずれもが上からの改革であり、民衆に自由や政治的発言権を与えるものではなかった。

ハプスブルク家のヨーゼフ2世は、その中でももっとも徹底した「啓蒙専制君主」であったが、理想を現実に落とし込むことの困難さに直面し、死後には多くの改革が反故にされた。

啓蒙と専制――

相反する概念を抱えたこの政治体は、やがて来る市民革命と近代立憲国家の黎明に橋をかけた。「理性による統治」は、時に不完全であっても、歴史に一石を投じた試みだったのである。

さらに詳しく:
📖 ヨーゼフ2世|理想に殉じた啓蒙皇帝
📖 フランス革命とは何だったのか?ブルボン家崩壊の衝撃

参考文献
  • 宮本義己『図説 王室の世界史』河出書房新社
  • Derek Beales, Joseph II: Against the World 1780–1790 (Cambridge University Press)
  • Peter Gay, The Enlightenment: An Interpretation (Knopf)
  • 樺山紘一『世界の歴史17 ヨーロッパ近世の開花』中央公論社
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・Elliott, J. H. The Count-Duke of Olivares: The Statesman in an Age of Decline. Yale University Press, 1986.
・Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip IV: The Failure of Spain, 1621-1665. Yale University Press, 2000.
・Brown, Jonathan & Elliott, John H. A Palace for a King: The Buen Retiro and the Court of Philip IV. Yale University Press, 2003.
・Stradling, R. A. Philip IV and the Government of Spain, 1621-1665. Cambridge University Press, 1988.

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