オーストリア継承戦争とは?なぜ国事詔書は戦火を呼び込んだのか

それは一枚の紙切れから始まった。

1713年に皇帝カール6世が公布した「国事詔書」。男子なき場合、女子にも帝位を継がせるという家法は、一見すると整然とした継承の設計図に思われた。

だが、父の死後、それは裏切りと欲望の連鎖を招き、ヨーロッパを再び戦乱へと巻き込む。1740年、若きマリア・テレジアをめぐる継承戦争が幕を開けた。

この記事のポイント
  • 1740年、カール6世の死で国事詔書による継承危機が発生
  • フリードリヒ2世の「シレジア (シュレージエン) 侵攻」が戦争の火蓋を切る
  • ハンガリーの支持で巻き返し、帝位はマリアの夫フランツへと戻った

国事詔書の限界

国事詔書は、諸外国からの承認を取り付けていたはずだった。

フランス、スペイン、プロイセン、バイエルン――多くの列強が署名し、承認した。しかし「紙切れ」には剣も金もなく、状況が変われば反故にされる脆い合意だった。

1740年10月20日、カール6世が急死すると、その弱点が露呈する。

継承権をめぐる争い

最初に牙を剥いたのはバイエルン選帝侯カール・アルブレヒト。皇帝の姪の夫である彼は、自らの継承権を主張し、皇位を狙った。その背後にはフランスの支援があった。

一方、即位したばかりのプロイセン王フリードリヒ2世は、好機を逃さなかった。

彼は豊かな鉱工業地帯シュレージエンに目をつけ、要求が拒まれるや否や電撃的に侵攻した。1741年、モルヴィッツの戦いでオーストリア軍は敗北。

18世紀の地図 (18世紀の地図)

これを契機にフランスやスペインも参戦し、戦火は一気に拡大した。



ヨーロッパの分裂

戦場はボヘミアからイタリア、ネーデルラントへと広がり、ヨーロッパは4つの戦線に引き裂かれた。

1742年にはカール・アルブレヒトが「皇帝カール7世」として即位し、ハプスブルク家は1438年以来の皇帝位を失う。マリア・テレジアはウィーンからの退避を迫られ、帝国は存亡の淵に立たされた。

ハンガリーの奇跡

しかし若き女帝は屈しなかった。1741年、マリア・テレジアはハンガリー議会に自ら赴き、幼子を抱いて諸身分に訴えかけた。

しかし、ここで一つの奇跡が起こる。マリア・テレジアはハンガリー議会を自ら訪れ、涙ながらに訴える。

この命、この子供たち、そして祖国をあなた方に託します

その言葉に貴族たちは総立ちになり、伝統の叫び声が議場に響いた。

「我らの命と血を王のために!」

この支持を得て、女帝は軍を再編。戦局は逆転へと向かっていく。

皇帝位の奪還

イギリスの支援を受け、オーストリアはプロイセンと一時講和を結び、東部戦線を整理。その後、バイエルンとフランスに矛先を向け、1743年ミュンヘンを占領する。

イタリア戦線でもスペイン軍を退け、ハプスブルクの威信を取り戻した。

1745年、カール7世の死後、マリアの夫フランツ・シュテファンが皇帝フランツ1世に選出され、皇帝位はハプスブルク=ロートリンゲン家に戻った。



まとめ

「紙切れ一枚では帝国は守れない」

それはマリア・テレジアの痛切な体験だった。国事詔書が引き裂いたヨーロッパは、彼女の意志と交渉と献身によって、かろうじて繋ぎ止められた。

オーストリア継承戦争は、ハプスブルク帝国にとって生き残りを懸けた試練であり、同時に女帝マリア・テレジアが真の「女帝」となるための通過儀礼でもあった。

彼女の戦いは、この戦争の終結とともに、ようやく始まったのだった。

さらに詳しく:
📖 【あの人は、いつも私の影にいた】マリア・テレジアが愛した皇帝フランツ1世
📖 【女であることが戦争の理由だった】マリア・テレジア、即位からの40年
📖 国事詔書とは?一枚の布告が招いた戦争と継承の運命

参考文献
  • Primary Source: Pragmatic Sanction of 1713, Österreichisches Staatsarchiv

  • Primary Source: Maria Theresia’s Speech at the Hungarian Diet (1741), in contemporary chronicles

  • Derek Beales, Joseph II. In the Shadow of Maria Theresa (Cambridge University Press, 1987)

  • Tim Blanning, The Pursuit of Glory: Europe 1648–1815 (Penguin, 2007)

  • 成瀬治 他『世界歴史大系 オーストリア・ハンガリー史』山川出版社

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・Elliott, J. H. The Count-Duke of Olivares: The Statesman in an Age of Decline. Yale University Press, 1986.
・Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip IV: The Failure of Spain, 1621-1665. Yale University Press, 2000.
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