なぜハプスブルク顎は生まれた?家系図からたどる近親婚の系譜

フェリペ4世とハプスブルク家に見られる顕著なあご(ハプスブルク顎)の特徴を示す肖像 | Portrait highlighting the characteristic Habsburg jaw, a protruding lower chin associated with the dynasty’s hereditary traits. (Philip-IV) 家系図でたどる
フェリペ4世の肖像画 (出典:Wikimedia Commons)

長く突き出した下顎。閉じきらない口元。

ハプスブルク家の肖像画を見ていると、何世代にもわたってよく似た顔立ちが現れることに気づく。

いわゆる「ハプスブルク顎」である。

では、なぜこの特徴は、王家のなかで繰り返し現れたのだろうか。その答えを探すために、肖像画だけを見ていても分からない。

家系図をたどる必要がある。

誰と誰が結婚し、どこで血縁が重なったのか。

その線をたどっていくと、ハプスブルク家が繰り返した近親婚と、「ハプスブルク顎」と呼ばれる特徴との関係が見えてくる。

そして、その系譜の先にいたのが、スペイン・ハプスブルク家最後の王、カルロス2世である。

この記事のポイント
  • 16世紀、カルロス1世が最盛期を築き、血統の純潔を重視し始める
  • フェリペ2世以降、叔姪婚や又従兄妹婚が続き遺伝的問題が深刻化する
  • 1700年、カルロス2世の死で血統が絶え、スペイン・ハプスブルク家が断絶

「ハプスブルク顎」とは?

「ハプスブルク顎」と呼ばれてきた顔貌の特徴は、医学的には主に下顎前突症 (かがくぜんとつしょう)として扱われる。

下顎が前方に突出し、上顎との噛み合わせに特徴が現れる状態である。ハプスブルク家では、この特徴が描かれた肖像が複数の世代にわたって残されている。

たとえば、神聖ローマ皇帝カール5世。

カルロス1世とハプスブルク家に見られる顕著なあご・しゃくれ(ハプスブルク顎)の特徴を示す肖像 | Portrait highlighting the characteristic Habsburg jaw, a protruding lower chin associated with the dynasty’s hereditary traits. (Carlos I)

カルロス1世の肖像画 (public Domain)

彼の肖像には、前に突き出した下顎や特徴的な口元が描かれている。

その後の世代にも、似た特徴が見られる。
フェリペ4世。

フェリペ4世とハプスブルク家に見られる顕著なあご・しゃくれ(ハプスブルク顎)の特徴を示す肖像 | Portrait highlighting the characteristic Habsburg jaw, a protruding lower chin associated with the dynasty’s hereditary traits. (Felipe IV)

カルロス1世の肖像画 (public Domain)

レオポルト1世。

レオポルト2世とハプスブルク家に見られる顕著なあご・しゃくれ(ハプスブルク顎)の特徴を示す肖像 | Portrait highlighting the characteristic Habsburg jaw, a protruding lower chin associated with the dynasty’s hereditary traits. (Leopold II)

レオポルト1世の肖像画 (Public Domain)

そして、カルロス2世。

カルロス2世とハプスブルク家に見られる顕著なあご・しゃくれ(ハプスブルク顎)の特徴を示す肖像 | Portrait highlighting the characteristic Habsburg jaw, a protruding lower chin associated with the dynasty’s hereditary traits. (Carlos II)

カルロス2世の肖像画 (Public Domain)

こうして肖像画を並べると、ある疑問が浮かんでくる。なぜ、同じような特徴が何世代にもわたって現れるのだろうか。

ここで、肖像画から家系図へと視点を移してみよう。

家系図に見える「重なり」

スペイン・ハプスブルク家の婚姻関係を家系図にすると、その複雑さが見えてくる。

叔父と姪。いとこ同士。
そして、何世代もさかのぼれば、複数の血筋が再び同じ家系図の中で重なっている。

王家にとって、婚姻は単なる家族の結びつきではなかった。領地や王位をめぐる政治とも深く関わっていたからである。

そのため、スペイン・ハプスブルク家では近い親族同士の婚姻が繰り返された。

すると、ある人物から受け継いだ血縁が、別の婚姻を通じて再び家系図の中に戻ってくる。一本だった血筋が、何度も同じところで交差していく。

それを可視化したものが、この家系図である。

そして、ここからが「ハプスブルク顎」を考えるうえで重要になる。

近親婚とハプスブルク顎

近親婚が続けば、共通の祖先から受け継いだ遺伝子が、子どもの中で再び組み合わされる可能性が高くなる。

では、それは「ハプスブルク顎」と関係していたのだろうか。この疑問を研究したのが、2019年に発表された研究である。

研究者らは、ハプスブルク家の15人について、66点の肖像から顔貌の特徴を分析し、それぞれの近親係数と比較した。

その結果、下顎前突の程度と近親係数との間に、統計的に有意な関連が確認された。

研究では、「ハプスブルク顎」には下顎前突だけでなく、上顎の形成不全など複数の顔貌上の特徴が関係している可能性も示されている。

つまり、長く「ハプスブルク家に特徴的な顔」として知られてきたものには、近親婚による遺伝的背景が関係していた可能性が、研究によって示されているのである。(※1)

ただし、ここで注意したい。

「近親婚をしたから、必ずハプスブルク顎になった」という単純な話ではない。

遺伝する形質には複数の要因が関わる。
また、肖像画そのものにも、画家による表現や様式の違いがある。

だからこそ、肖像画だけで判断するのではなく、家系図と遺伝学的な研究を重ねて見ることが重要になる。

そして、カルロス2世へ

その家系図をさらにたどっていくと、最後に一人の王へ行き着く。

カルロス2世である。

1661年に生まれたカルロス2世は、スペイン・ハプスブルク家最後の王となった。彼の両親は、フェリペ4世とマリアナ・デ・アウストリア。

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 そして、この二人もまた近い血縁関係にあった。

2009年、遺伝学者ゴンサロ・アルバレスらは、スペイン・ハプスブルク家の王たちについて、16世代、3,000人以上に及ぶ家系図をもとに近親係数を計算した。(※2)

その結果、近親係数は世代を重ねるにつれて上昇し、カルロス2世では0.254に達していた。

一般的ないとこ婚で生まれた子の近親係数は0.0625である。カルロス2世の数値は、それを大きく上回っていた。

家系図を広げてみると、その理由が見えてくる。
カルロス2世の両親だけではない。

そのさらに前の世代、そのまた前の世代でも、ハプスブルク家の血縁同士の婚姻が繰り返されていた。

一度の近親婚ではなく、何世代にもわたって重なった血縁。そこにカルロス2世という最後の王がいたのである。

おわりに

ハプスブルク家の肖像画に繰り返し描かれる、特徴的な顎。

それを「ハプスブルク家特有の顔立ち」として眺めるだけなら、そこで話は終わる。

けれど、家系図をたどってみると、その顔の背後に、何世代にもわたって繰り返された婚姻と血縁の重なりが見えてくる。

そして研究によって、こうした近親関係と「ハプスブルク顎」と呼ばれる下顎前突との関連も検討されている。

一枚の肖像画から家系図へ。

家系図から、王家の婚姻へ。そうやって線をつないでいくと、ハプスブルク家の「顔」は、単なる肖像画の特徴ではなく、彼らがどのような結婚を重ね、どのように王家を維持してきたのかを考える手がかりにもなる。

ハプスブルク家を知る面白さは、こうした小さな「なぜ?」から、家系図の向こうに広がる歴史が見えてくるところにある。

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参考文献