神に選ばれし皇帝を決めるのは誰か?【金印勅書と選帝侯制度】

14世紀の神聖ローマ帝国—そこは、名ばかりの帝国だった。

皇帝はいた。だが、複数いた。選挙で選ばれるはずのその帝位をめぐり、諸侯たちは私利私欲に動き、帝国は幾度も分裂の危機にさらされていた。

そんな中、1人の男が現れる。ルクセンブルク家の皇帝カール4世。

 (皇帝カール4世、ルクセンブルク家)

彼は知っていた。「剣で帝国は救えない。必要なのは、秩序だ」と。

そして彼は決断する。帝国に“ルール”をもたらすことを。それが、のちに帝国の骨組みを変えることになる歴史的勅令、金印勅書(きんいんちょくしょ)である。

この記事のポイント
  • 金印勅書は、神聖ローマ皇帝の選挙制度を確立した歴史的勅令

  • ルクセンブルク家の皇帝カール4世が制定し、選帝侯の権限を強化する一方で、皇帝の権力を弱めた

  • ハプスブルク家は選帝侯から排除されることとなり、帝国の権力構造が大きく変わった



黄金の印章が押された勅令

1356年。ついにカール4世は歴史的勅令を公布する。黄金の印章を掲げた「金印勅書」である。そこに記されたのは、初めて明文化された“皇帝選挙のルール”だった。

  • 皇帝を選ぶのは7人の選帝侯と定める
  • 多数決(4票以上)で決定
  • ローマ教皇の承認は不要
  • 選挙の妨害や拒否は、即座に資格剥奪

帝国は初めて「誰が」「どのように」皇帝を決めるかという骨組みを手にしたのである。

皇帝を選ぶ“七つの鍵”

カール4世が選んだのは、7人の特権階級。3人の聖職者と4人の諸侯――彼らこそ、帝国の未来を握る“七つの鍵”だった。

金印勅書 (図解)

  • マインツ大司教
  • ケルン大司教
  • トリーア大司教
  • ボヘミア王
  • プファルツ伯
  • ザクセン公
  • ブランデンブルク辺境伯

金印勅書により、彼らは単なる諸侯ではなく“皇帝を決める王”となった。というのも、領内裁判権、関税・鉱山権、不可分継承制度――

まるで小さな国王のように振る舞う力を与えられたのである。



制度の皮肉と帝国の変貌

カール4世の真意は、自らのルクセンブルク家を皇帝位に固定することにあった。実際、彼は自らがボヘミア王として選帝侯に連なり、さらにブランデンブルク辺境伯の地位まで手に入れようとした。

一方で、ハプスブルク家やヴィッテルスバッハ家は制度の外に押し出された。

だが皮肉にも、この制度は皇帝の権威をむしろ削ぐことになる。「皇帝+選帝侯」の均衡は、次第に「選帝侯連合国家」へと変貌していったのだ。

ハプスブルク家が掴んだ“逆説”

選帝侯から締め出されたハプスブルク家。しかし彼らは金印勅書のルールを逆手に取り、婚姻政策と政治取引を武器に選帝侯を掌握していく。

やがて、皇帝位は事実上ハプスブルク家の世襲となり、帝国は「ハプスブルク帝国」と化した。かつて皇帝を縛るための制度は、やがて一族を帝位に縛り付ける鎖へと変わったのである。



まとめ

金印勅書は、確かに混迷する帝国に秩序を与えた。

しかしその秩序は、皇帝を強めるものではなく、七人の選帝侯を“小さな王”として解き放つ制度でもあった。

神の意志から人間のルールへ――帝国の未来を決めるのは、信仰ではなく制度となったのである。だが制度は、常に利用する者と挑戦する者を生み出す。

この時代、まさにその挑戦者がいた。

若きハプスブルク公ルドルフ4世。彼が掲げた「大特許状」は、カール4世の金印勅書に正面から挑み、帝国の権威を揺るがせる。

さらに詳しく:
📖 紙切れ一枚で帝国を揺るがす!ルドルフ4世の大特許状
📖 選帝侯とは何者か?神聖ローマ帝国における“選ぶ者たち”の権力構造

参考文献
  • 『カール4世と金印勅書』
  • 『神聖ローマ帝国の政治構造』
  • 『ハプスブルク家と帝国の変遷』
  • Peter H. Wilson, Heart of Europe: A History of the Holy Roman Empire, Harvard University Press, 2016
  • Karl Otmar von Aretin, Das Alte Reich 1648–1806, C.H. Beck, 1993
  • Joachim Whaley, Germany and the Holy Roman Empire, Vol. I-II, Oxford University Press, 2012
  • Bryce Lyon, The Middle Ages in Recent Historical Thought, Harlan Davidson, 1965
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・Parker, Geoffrey. The Grand Strategy of Philip IV: The Failure of Spain, 1621-1665. Yale University Press, 2000.
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